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見目が麗しいと言われているこの姉二人のせいで、俺の子供時代はかなり苦労した。
この姉二人に気に入られようと、姉の同級生だったり、先輩だったり、後輩だったりが俺にもかなり絡んできた。
自分の力だけで自己アピールもできないクズ男なんかに協力する気は子供ながらにさらさらなく、一切言うことを聞かず生意気だった俺は、一部の奴らから小突かれたり、殴られたりすることもあった。
俺が小学六年、下の姉が高校一年の時に、相変わらず小突かれる俺を見た、近所に住む男子高生に庇われることが多くなった。
決して喧嘩が強いわけでなく、しょっちゅう変わりに殴られては、大丈夫? と心配をしてくれた彼に、俺はいい盾ができたと子供ながらにもクズっぷりな態度をしていたが、流石にそれが数ヶ月続くと申し訳なさが溢れてくるようになった。
そんなある日、いい加減頭にきたのだろう姉信者クズが俺に向かって、大きな石を思いっきり投げてきた。それを庇った彼は、頭から血を流し、倒れた。
この光景を見て、俺ははじめてこのままじゃ駄目だと思った。自分が強くならなければと。自分の身は自分で守り、自分が守りたい相手もちゃんと守れる力を持とうと決意した。
幸い、彼は怪我の程度は酷くなく、一日だけ検査入院して彼は退院した。
それから俺は、空手を習うようになった。彼とは自分がちゃんと強くなるから、もう庇ってくれなくていいとはっきり伝えた。その後、会うと挨拶をするくらいで、特に絡むこともないまま日々は過ぎ、最近会わないなと思いはじめた時に、彼は引っ越ししたと母親から聞いた。
それから八年、俺は何故か異世界に居た。
セフレの女とやった朝帰りの始発の電車に乗ったらいつの間にか異世界に飛ばされていた。最初はなんの冗談だと思ったが、一緒に飛ばされた奴も驚いていたし、様子を伺っても冗談ではなさそうだった。
自分のステータスを表示させるというタグを貰い、一緒に異世界転移された男のステータス表示を見て異世界に飛ばされたということよりも驚いた。
「カワシマ ツバサ……」
川島 翼は、八年前俺を庇ってくれてた男子高生の名前と同じだった。よく見ると、髪型はまったく違うが、顔立ちは同じだった。俺が強くなる前に居なくなってしまった翼にこんなところで再開するとは思っていなかった。胸の奥底に沈み込んでいた何かがふわっと浮上してくるのを感じた。
自分に気がつくかと、自分のステータスも表示させてみたが、翼は俺の名前を見ても気づく様子はなかった。忘れられているのか……、と一瞬胸がちくっとしたが、表示された「勇者」の文字にどうしたものかと心底飽き飽きした。
その後この世界についてかんたんに説明されたが、驚愕の事実があった。
この世界は、性別が男しかなく、しかも男の中で「卵型」と言われる者が妊娠して子供を出産するらしい。自分は種型だったので、男にケツを狙われる可能性は薄そうなので安心はしたが、セフレが両手で数えるくらい居る女好きの俺としてはかなりショックだった。それよりも、翼が卵型だった。子供時代の恩人を抜きにしても同じ男として同情するしかない。
とりあえず、元の世界に戻る手段が今の所ないので、とりあえず今後どうするかも含め、一週間はここでこの世界のことを学びながら過ごすしかないようだ。勇者とかどうするか……。
浴場に行くと、翼がすでに湯船に浸かっていた。とりあえず、身体を洗ってからちょっとだけ離れて俺も湯船に浸かる。
そういえば翼は卵型、つまり子供を産めるようになったということだ。ちょっと翼の胸や下半身を見てみると外見はまさしく「男」で、まったく変化は見られない。
「見た目、まったく変わってないんすね。あそこも付いたままなんすね」
思わず話しかけると、違和感ないし自覚が持てないと言う。
まじまじ見すぎてちょっと俺のほうが気まずくなったので、自分が女好きなのをアピってしまったが、さらに驚愕の返答があった。
「俺は、ゲイだからこの世界も悪くないんだけど、子供ができちゃうとなるとちょっとなぁ」
は? なんて言った。ゲイ? ゲイって同性が恋愛対象ってことだよな。翼がゲイ……。あの翼が。
自分だけでなく、翼のことも守ろうと子供のころ思っていた。俺は翼がきっかけで強くなった。その翼が男が恋愛対象なのか。俺は……。
思わず少し距離を取ってしまったが、ガキだった俺のことを必死に守ってくれた翼のことはちゃんと今も尊敬している。
「ははは、大丈夫。ゲイだからって誰にでも手を出すわけじゃないし、そんな警戒しなくても大丈夫だよ。それにこの世界じゃなおさらだろ」
暗に「お前のことはタイプじゃない」と言われたような気がして少し気が落ちる。いやいや、俺はゲイじゃないだろ。何気落ちしてるんだ。
その後、勇者として召喚された俺のことを気遣ってくれたが、それに巻き込まれた翼のほうがたまったもんじゃないだろと応える。
それにしても、たまたま同じ車両に、縁のある翼とたまたま乗って、一緒に異世界に召喚されるってそんな偶然あるのだろうかと勘ぐるが、考えても分かるわけがないな。
次の日、ラックのもと座学や騎士団員と軽い運動などしたが、このラックが気に食わない。
まだ自分が勇者として協力するとは言ってないが、メイン? は俺のはずなのに、こいつは翼ばっかり構う。翼にばっかり笑顔を向ける。翼も、イケメンだからってそいつに爽やかな笑顔を返すんじゃねぇ。何だこれは。
それに挨拶にきた騎士団長のザインもなんか胡散臭い。こいつは態度が気に食わないとかじゃなくて何か嫌な予感がする。今まで人に対してそんな直感を感じたことはないから変な気分だが、警戒しろと何かが訴えかけてくる。
とりあえず騎士副団長と騎士団長は気にしておくことにする。
そういえば明日、翼のフェロモンが出る日らしいんだが、大丈夫なのだろうか。一応、理性で我慢は出来るらしいが、自分が襲ってしまうかもしれないという恐怖は少しある。騎士団員の様子を見るとさほど焦っては居ないようだがら、そこまで警戒はしなくても良いのかもしれないが……。
フェロモン中の妊娠率は100%。妊娠期間は1ヶ月とのことで、元いた世界では考えられない。詳しく聞くと魔力が関係しているようだし、そもそも男が妊娠するんだからだいぶ仕組みが違うのだろう。本人が望んで性交して、妊娠するならともかくフェロモンで意図せず襲われ妊娠してしまったら元の世界人からしてみれば悲惨すぎる。
朝起きると、寝坊したようだ。昨夜悶々と色々考えていたらなかなか寝付けなかったせいだろう。時計はもう朝7時20分になっているが、ラックや翼が起こしにくる様子はない。
着替えて客室に出ると、誰も居なかった。とりあえずトイレを済ましながら二人とも寝坊してるのかなんてことをぼやーっと考えながらとりあえず客室の席に着く。
寝ぼけ具合が落ち着いて冷静になってくると、おかしいと気づく。もしラックが寝坊で遅刻したとしたら、客人扱いになっている俺たちに連絡が来ないのもおかしい。そもそも、あのクソ真面目そうなラックが遅刻するとは思えない。
静かな空間だが、よく耳を澄ますと翼の部屋から声が聞こえてくるのがわかった。嫌な予感がして、すぐに翼の寝室のドアの前に行くと、中から掠れる声で翼の声が聞こえた。
「やめっ、挿れないで! 挿れないで!」
その声に思わずドアをブチ開けた。
すると、そこにはベッドの上で今にもラックに挿入されそうな翼が、顔をぐちゃぐちゃにしていた。すぐにラックをぶっ飛ばしたい衝動に駆られるが、一応確認をとった。
「何やってんの? それ同意?」
ラックはイケメンだし、もしかしたら同意なのかもしれないと、嫌だが、とっても嫌だが確認は大事だ。
「そういぢー、たずげてぇー」
翼にこっちに来てからはじめて名前を呼ばれ、助けを求められた。そうとなったらすぐに行動に移す。ラックの真後ろに瞬歩で一気に間合いを詰め、回し蹴りでぶっ倒した。
様子を伺うと、ラックは気を失ったようだった。すぐに翼の様子も見てみるが、翼からめちゃくちゃ甘い匂いが漂ってくるのがわかった。翼に聞くと、たぶんこれがフェロモンらしい。いい匂いだけど、匂いで欲情は……しないな。もしかすると、フェロモンでの魅了が状態異常に属していて、スキルの神の加護で無効化してるのかもしれない。
ようやく一息ついて、ベッドでへたり込んでいる翼をよくよく見ると、下は何も履いてなかった。
「とりあえず、ズボン履けば?」
野郎の下半身なんか見てもいつもは何とも思わない。思わないのだが、意図しない翼のあられもない姿を見るのは、何か……駄目だ。
指摘された翼は、一気に顔を赤くしてあわあわし始めた。
なんだこれ。可愛い。なんだこれ。
俺はこの世界で、今度こそ翼を護ろう。と心に誓ったのだった。
とりあえず落ち着いた。ラックを椅子に拘束して、経緯を聞くと起こしに部屋に入ったらすでにフェロモンが充満していて、抑えられなくなったとのことだった。まぁ、それはしょうがないのかもしれない。だが、それに続いた正しくの告白に愕然とした。
「襲ってしまった時に見た、カワシマ様の……その……顔や仕草などがとても可愛くて……。生まれてはじめてこんな気持ちになったんです! 襲ってしまった責任も合わせて、私と結婚してください!!」
襲っておいていきなり結婚申し込むとか、何この世界。いや、それよりもやっぱりこいつ翼のことが好きだったんじゃないか。これまでの態度見てればやっぱりなという印象しかない。
「あ? 結婚だと? お前まだこいつのフェロモンにやられてるんじゃないだろうな?」
好きなんだということはわかって入るが、異世界で現れたぽっと出の奴になんか翼はあげられない。翼は俺が護るんだ。
「ラックさんみたいなイケメンに好かれるのはとても嬉しいですが、子供産む決心なんてまだ全然できません。ごめんなさい」
とりあえず冷静に翼も断っている……が、子供を産む決心とかそっちの理由なのかよ! 子供出来なきゃ良いみたいじゃないか。普通に断ってくれ。
翼のフェロモンが出ている間、効果がない俺くらいしか一緒に居られないので、とりあえず今日は一緒にもろもろお休みにしてもらった。
一緒に飯を食べながら、そういえば翼のフェロモンの匂いはいい匂いだなと思わず首元に近づいて匂いを嗅いでしまうと、真っ赤にして恥ずかしがる翼は可愛かった。
いや、いや、いや、俺は女が好きなはず。でも翼のことは子供の頃から好きだ。この好きは何の好きなんだ……? と悶々としていると翼がまた俺のことを姓で呼ぶので、名前で呼べと伝えると、めっちゃ笑顔で言われた。
「聡一! 助けてくれてありがとう! お礼言うの忘れてたわ」
うっっ……! なんだこれ。可愛いかよ!
翼を護れて嬉しいのと、自分に向けての笑顔に照れてしまって、ただひたすら飯を口に放り込むしかなかった。
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