双天のツバサ|003

2020年5月21日

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 翌日はふかふかのベッドで寝むることができたおかげか、疲れていたにも関わらず、いつもと同じ時間……4時半に起きてしまった。
 習慣化したカフェの早朝シフトのための早起きも、その仕事自体がない現状ではそんな無駄な早起きはしなくてもいいのだ。
 ラックさんは朝7時って言っていたから、まだまだ時間はある。二度寝を決め込んで暖かな布団を被り直すと、すぐに意識は遠くなった。

 「……シマさま、……カワシマさま!」
 「わぁっ」
 誰かに呼ばれ、目を開けると金髪碧眼のイケメンが顔を近づけて俺の名前を呼んでいた。
 「ハッ!? なんでイケメンが!」
 思わず叫んでしまったが、すぐに正気に戻った翼は顔を一気に赤くした。よく見なくてもラックさんだ。
 「まだ寝起きだと混乱する……」
 言い訳をとりあえず述べながら頭をガシガシ掻くと、ラックさんは「おはようほざいます。お褒めの言葉ありがとうございます」と、にっこり笑いながら、もうすぐ朝食なので支度してくださいと、起こしてくれた。
 二度寝なんて久しぶりにしたら、どうやら寝すぎたらしい。

 急いで用意されていた村人Aのような服……とはいっても素材は絹のようなものでできているようで、色艶もよく肌触りも良いもの……に着替え、客間に出るとホンダはすでに朝食が用意されたテーブルに座って待っていた。
 「おはよう。ごめん、二度寝で寝坊しちゃった」
 「イケメンが起こしてくれて良かったな」
 ホンダに真顔でサラッと言われ、あの叫びがちゃんと聞こえていたと分かり、また顔を赤くして「いやー、ははは」と苦笑いするしかなかった。

 朝食は思ったよりも、元いた世界と同じようなメニューで違和感がなかった。パン、目玉焼き、ベーコンのようなもの、キノコのスープ、サラダだ。味も悪くない。
 朝食を食べながらラックさんが今日の予定を教えてくれた。
 午前中は9時からお昼までこの世界の基本的なことの座学、昼食後13時から騎士団の紹介。
 そのあと軽く45分ほど運動をして、15時から17時までまた座学。18時から夕食をとってスケジュール終了だ。

 朝食のあとは、簡単に身支度とトイレなどにいって寛いだあと、さっそくラック直々にこの世界のことを学ぶことになった。
 トイレはどういう仕掛けになっているか分からなかったが、水洗だった。電気はないみたいだけど、ちゃんと衛生的で生活基盤がしっかりしていることがわかる。

 まずは今いる国の簡単な歴史と、他の国、魔王の存在について話を聞いた。
 クルセイダー王国は、建国520年でクルセイダー王家の歴史だ。主な産業は鉱石と観光で、比較的安全な地域が多く、のんびり暮らすにはもってこいの気候だそうだ。
 政の最終決定権は王にあり、宰相と大臣がその命令で動くのが基本のようだ。騎士団は王家や城を守り、その客人などの警護も兼ねる。
 街や国民、土地を守るのはその街ごとに自警団が配置されており、騎士団とはまた別の組織のようだ。
 「観光ってどういうところが有名なんですか?」
 「有名所だと、満月の夜に七色に輝く湖とか、温泉ですね」
 温泉と聞いて日本人としてテンションが上がり、いつか行ってみたいなと伝えると、落ち着いたらぜひと応えてくれた。ホンダも温泉に興味があるのか軽く頷いている。

 続いて、他の国と魔王についてだ。
 ラックは地図を広げて、国は南に位置するクルセイダー王国の他に三つあり、西にギアム公国、東にスクルト王国、北にジーニア王国があり、その真中に魔王が住むという地帯があるらしい。
 地球と比べると、すごくシンプルな地形かつ、国自体も多くない。この世界は思ったよりも狭いのか、もしくはまだ世界全体が開拓されていないのかどっちかだなと思った。
 聞くところによると、真ん中に魔王という大きな大問題があるおかげか、他の国との関係も良好で、今のところは問題がないとのこと。
 ただし、その魔王の力が強大で1年に1回、魔王が蓄えた力を解放し、『モンスターハザード』という大厄災が発生するようだ。
 その名の通り、モンスターが大量発生してそれぞれの国に攻め込んでくるらしく、その量と質によって被害の大きさが変わる。魔王自体が攻めてるくことは今の所ないらしい。
 前回は2ヶ月前の秋頃で、かなり被害が大きかったらしく、伝承にあった勇者召喚をついに試みたようだった。

 続いて、自分がとても心配している『卵性』について詳しく教えてもらうことにした。
 だいたいのことは昨日、お王様に聞いた内容だったが、さらに驚愕の事実を知らされる。
 「フェロモンが発生している間の妊娠確率はほぼ100%です」
 「えぇ……それは、中出しされると確実に孕むってことですよね」
 再度確認すると「そうなります」と軽く言われて、慄くしかない。
 しかも、卵性が少ないので妊娠は推奨されているらしく、避妊用具なんてないそうだ。
 これは本当にヤれない……気軽になんてヤれない……。と落胆する。
 「妊娠期間は、おおよそ1ヶ月です」
 クエスチョンマークが頭に撒き散らされた。
 普通なら、というか元の世界だと、人間の妊娠期間は十月十日だ。1ヶ月とかどうやって産まれるのかと、疑問を投げかけた。
 「大体1週間ほどでお腹がちょっとだけ大きくなって、その後はほぼ変わりません。産まれてくる直前に体内から熱が沸いてきて、その後、臍から光る球体に包まれて産み出されます」
 熱にはうなされますが、痛みもほぼ無いんです。と付け加えられ、ファンタジック出産方法にまた驚く。そして、子供を養う義務は父親のほうに課せられ、母親? は好きにしてOKらしい。
 1人の種性に愛され続けるのも、他の種性と相手をしても問題ない。
 卵性が少ないからしょうがないのかもしれないけど、種性は嫉妬とかしないんだろうか……。なんかコワイ。
 もしお互いにずっと一緒に居たいならば、そういう契約をしてタグに登録しておけば良いらしいし、もしその卵性を襲ったりすると重罪になる。
 そして、契約をした種性側も他の卵性に手を出したら犯罪になるので、維持でもフェロモンに騰らうから比較的安心だそうだ。
 それにしても割合的に1人の卵性の人生で10人以上産まないと一気に少子化だ。大変そう……と他人事のように感じる。

 契約している種性が安心とはいってもそれ以外はそうではないわけで、不安を口にする。
 「フェロモンなんてあると、卵性のほうがそんな気がないのに無理やり……とかになったりしませんか?」
 「そういう事例も確かに少なくはないけど、基本的には種性も相手をもとから好きじゃない限りはフェロモンに酔っても理性を保って我慢ができるんですよ。卵性のフェロモンも卵性の人が好きだと感じている相手のほうが良く効きます」
 なるほど、なるほど。思っていたよりもぜんぜん大丈夫のようだ。心配しすぎて損をした。
 まだまだ、異世界にやってきたばかりの翼はこの油断を翌日に思う存分身に染みて後悔することになるのだが……。

 お昼はカレーだった。
 「旨っ! カレー旨いぞ」
 ホンダが感動している。ああ、異世界でもカレーを食べられるとは。結構食に関しては安心できるなこれは。
 昼食を取り、ちょっと休憩しながら騎士団との顔合わせと挨拶のため、外の訓練場まで赴く。1日ぶりの外に安心する。
 そういえば、異世界の空にちょっと興味があったけど、昨日は外にも出てなかったし、窓にも近寄ってなかったことを思い出す。
 「空は青いし、雲も白いんだなー」
 何もかもが同じではないにしろ、元の世界との共通点が多い部分もあり、当たり前のことが少しだけ嬉しい。
 訓練場に着くと、ずらっとながらピッチリと並んだ騎士団の方々がいた。
 その先頭に燃えるような赤い髪を腰までストレートに伸ばした人が近寄ってきた。頭頂部には、綺麗に犬の耳が2つ、腰からはファサッとした尻尾も見える。
 「え? ケモ耳? 尻尾?」
 混乱していると、赤髪のケモ耳さんが笑いながら挨拶をしてきた。
 「はじめまして。騎士団団長のザインと申します。勇者様、カワシマ様よろしくお願いします」
 「よろしく。なんで耳と尻尾が生えてるんだ?」
 ホンダがさらっと俺の疑問を聞いてくれた。
 「獣人はそちらの世界には居なかったんですか? こちらは人口の3分の1は獣人なんですよ」
 今まで自分が見てきた中には獣人は居なかった。いや、もしかしたら召喚の儀には居たのかもしれない。あのときはテンパっていたから全然気が付かなかった。
 ザイン団長との挨拶後、自分たちを護衛してくれるメインメンバーを紹介してもらった。
 3交代で2人ずつ計6人が俺たちの護衛担当だそうで、頼もしい限りだがとても申し訳ない気分でいっぱいになる。こういうの慣れてないからこればっかりはどうしようもない。
 基本的にはプライベートの空間にはできるだけ干渉しないとのことなのでとてもありがたい。

 騎士団に混ざってランニング30分、筋トレ15分をこなしたが、トレーニングスピードが騎士団やホンダにはついて行けなかった。現役の騎士団には理解できるが、ホンダは意外にも騎士団のトレーニングにもついていけるほどかなりフィジカリティ溢れる男だった。
 「ホンダ君は凄いな。何か現役でスポーツでもしてるの?」
 「あ? あぁ、空手を現役でやってるぜ」
 空手とかバリバリ戦闘向けだな……さすが勇者様だと誂うと、ハイハイとスルーされた。同じ男としてちょっと悔しい。
 「カワシマ様、微かに甘い匂いがしますよ、もしかしてもうすぐ誕生同日が近いんじゃないんです?」
 ラックさんに聞かれるが、自分ではまったく匂いがわからない。今日が何日か聞くと、2日らしい。俺の誕生日は3日だから、確かに直前だ。
 「明日がそうですね。大丈夫かな……」
 「騎士団員は特にフェロモンに強い耐性があるので大丈夫だと思いますよ。それでも王城内の方々には耐性がないので明日は外にはでないようにしましょう」
 とりあえず大丈夫そうなので安心した。ホンダにフェロモンがどう作用するかわからないが、もしヤバそうだったら騎士団がいれば大丈夫だろう。

 その後、座学に戻って獣人についてと、この国の王族について学んだ。
 獣人は基本的に犬型と狼型の2種類、極稀に熊型やライオン型がいるらしい。人種よりも力が強いのが多いらしく、町に所属している自警団に多いようだ。
 ただ、フェロモンへの耐性が低いらしく、国の所属となる騎士団への採用は耐性が強いものしかなれないらしい。そうなると、獣人で騎士団長をしているザインさんはかなり優秀だとわかる。
 王族は現在、ハウル王とリーンズ王妃が君臨し、第一王子のジャックのほか、第二、第三王子までいるようだ。
 基本的に、王族は子供が多いと相続争いになりがちなので最大でも三名の子供までしか残さない決まりがあるようで、なかなか大変そうだ。
 「現状、ジャック様たちご兄弟はすこぶる仲がよろしいので、相続争いは無縁で安心ですよ」
 過去には兄弟全員が仲が悪く、ドロドロの争いが起きたこともあったらしい。
 王族は光属性を持っていて、カリスマのスキルが代々継承されていて、その効果は絶大のようだ。
 一日目はこれで終わり、昨日と同様に夕飯とお風呂をいただいて、早めに寝ることにした。

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